祐子の絶望

 時計の針は残り十五分を指し示していた。祐子にとっては一瞬、一瞬の勝負になっている。

 全身、水を被ったように汗に塗れている祐子は両手をかざして縛り付けられている上半身を右に左に揺すって、このおぞましい拷問に晒されていた。時折、吊り上げられたしなやかな両足が痙攣を示している。既に限界に達している祐子は送り込まれた空気の圧力で崩壊を防いでいる状況だった。チューブが外れてしまわないように祐子はその一点に意識を集中させている。

 それは不意に訪れた。圧迫された便意が攻勢に転じ、空気を外に押し出そうともがき始めたのである。

 「ああ、嫌、嫌」

 祐子が悲しげな叫びを上げると同時に爆音が響き、チューブが跳ね飛ばされ、息せき切った奔流が体外に流れ出したのである。

 「あっ、いきなり始めやがった」

 舌打ちした松井が便器を慌てて押し当て流れを受け止める。三枝は換気扇の回転を最大にして臭気を防ぐとドクドクト排出を続ける祐子に目を注いだ。

 祐子は光を失った視線を宙に這わせたまま、静かに排泄を続けていた。悪魔たちの軍門に下り、良美を救えなかった悲しみの色を湛えた頬を震わせながらも長い間せき止めていた奔流を解放した安堵の表情も垣間見せている。

 「もう、いいのかい?奥さん」 

 崩壊が止まったと見て取った松井が鼻を摘みながら声を掛けると祐子は頬を赤らめ、首を左右に振った。

 「待って、まだ、出そう」

 もう、悪魔たちの目の前に羞恥図を展開していることなど忘れてしまった祐子はむずかるような声を上げると最後の塊を放出するとおだやかな表情になり頬を横に伏せた。

 「なんだ、こりゃ堪らないぜ」

 後始末に取り掛かろうとした松井に水しぶきが降りかかった。緊張が緩んだ祐子が放尿を始めたのだ。

 「ああ、ごめんなさい」

 自分の身体が始末に終えなくなった祐子は松井に詫びるとシクシクと声を潜めて咽び泣きを始める。良美が救えなかった悲しみと自分に対する情けなさの入り混じった敗残の涙だった。

 松井の後始末が終わり、吊り上げられていた足を下ろされ、上体を起こされた祐子に三枝が近寄った。

 「奥さんの負けだ。良美はこっちの好きにさせて貰う。いいな?」

 三枝の言葉に羞恥の限りを露呈し、完全に敗北した祐子はこっくりと頷くと顔を上げ、自分を心配そうに見守る良美に視線を合わせた。

 「良美さん。ごめんなさい・・・」

 「お姉さま!」

 がっくりと落ち込んだ祐子を元気付けようと良美が近寄ろうとするのを松井が制止する。

 「おっと、お嬢さん。俺たちと腰を振り合うんだ。もう、行くぜ」

 自分たちの欲望を我慢しきれない二人の悪党たちに取り囲まれ、良美が連れ出されるのを祐子は呆然と見送った。遂に良美を救えなかった自分に対する情けなさから祐子は嗚咽の声を洩らし始めた。

 しかし、悪魔たちは疲れきり、打ちひしがれている祐子をまだ解放しようとはしなかった。

 三枝は机から下ろされ、ふらつく祐子を後手に縛り上げると天井から垂れ下がる鎖に固定した。

 「祐子、僕との結婚の時の約束を覚えているかい?」

 栗山は嗚咽し続ける祐子に向かってこんな事を言い出した。

 「君は大便をする時は常に僕の目の前でしなくてはならない。約束しただろう?」

 祐子は栗山の言葉を聞いて結婚の誓約の時の事を思い出した。あの時も切迫した便意に耐えかねて何が何だか判らぬまま全てを承諾した祐子だった。

 「僕は明日、東京に帰る。戻ってくるのは三、四日先になる。君はその間、ウンチはさせて貰えないんだ。だから、これから君がウンチを出来ないようにして上げる」

 祐子は栗山が何を言っているのか良く理解できなかった。しかし、疲労しきった身体を一刻も早く休ませたい祐子は黙って頷くしかなかった。

 「さあ、足を開いて」

 栗山が背後に廻り、尻を軽く叩くと言われるままに祐子は足を開いた。しかし、栗山が先程まで残忍な責め苦に喘いでいた箇所に指を這わすと祐子は頬に紅を散らし、急にむずかり出した。

 「さっきまで、あれだけ堂々と晒していたんだ。今更、恥ずかしがることもあるまい」

 「だって、だって・・・」

 祐子が羞恥を思い出したように身を揉み始めたことに栗山は満足すると用意していたアヌス栓をその箇所にしっかりと嵌め込んだ。

 「ああ、何をするの?嫌よ。嫌よ」

 祐子が涙を流しながら腰を揺さぶって抗議しても栗山は意に介さず奥深い蕾に突き刺さるアヌス栓をうっとりとした表情で見つめるのであった。

 「さあ、今度は前の口や」

 三枝が自分の前にしゃがみ込んで見上げると祐子は飽くことの無い悪魔たちの執念のようなものを感じ、全身を震わせる。

 「ひ、酷いわ。これ以上、私を惨めにしないで」

 振り絞るような声音で訴えても美しい生贄を目の前にした二人には通じない。

 「さあ、駄々こねないで。僕の妻なんだろう」

 栗山に背後から肩を抱かれ、囁くように言われた祐子は諦めたように足を開いた。惨めさ、悔しさ、恥ずかしさ、全てが一体になったように自分に襲い掛かってきたように感じた祐子は眩暈さえ起こしそうな気分になっていた。

 「これで良しと」

 祐子の性器の内部に小型のバイブレーターを含ませた三枝は満足な笑みを浮かべて立ち上がった。前後門とも異物を挿入された祐子は縛られた裸身を時折揺さぶり、啜り上げる事しか出来ない。

 「奥さん。そのバイブレータはワイヤレスで動作するんだ。この部屋には一時間に十五分だけそれが動くようにタイマーがセットされている。たっぷりと楽しむんだな」

 三枝の高笑いを聞きながら祐子は噛み付きそうな視線をその太った身体に向けている。女の身体を道具のように弄ぶ、二人の男を祐子は恨みを通り越して殺意さえ感じるようになっていた。

 「さて、仕上げだ」

 栗山が部屋の片隅に用意してあった革で作られたパンツのようなものを持ち出してきたのを見て祐子は表情を硬化させた。この男たちはまだ自分の身体を窮地に追い詰めるつもりだという知り、祐子は信じられぬほど疲労感を味わっている。

 「これは君が勝手にアヌス栓を抜いたり、バイブレーターを外したり出来ないようにする道具なのさ。一種の貞操帯だね」

 「本当に頭が下がるわ。あなたたちは女を虐めることに関しては天才ね」

 祐子の皮肉とも言える言葉を聞いても三枝は表情を変えなかった。それよりも最大級の賛辞が贈られた事に満足さえ覚えていたのだ。

 「お褒めに預かって光栄だよ。さあ、足を通して」

 三枝に促された祐子はそれ以上抗うの止め、その不気味な貞操帯に素直に両足を通した。

 貞操帯を太股の辺りまで引き上げるとそれを栗山に支えさしたまま、三枝は滅菌手袋を嵌め、尿導チューブを取り出した。

 「これを嵌められたらおしっこも出来なくなるだろう。だからチューブを取り付けてやるのさ」

 栗山は祐子の引きつった頬を突付いて楽しそうに笑うのであった。

 三枝は貞操帯の前部に開いている小さな穴にチューブを通すとその先端を祐子の尿道口に押し込んだ。

 「痛いか?我慢しろよ」

 痛みに顔を歪めている祐子を諭すと三枝は更にチューブを押し込めて行く。

 十分にチューブを沈めた三枝は革製の貞操帯を祐子の腰にピッチリと嵌め込んだ。

 貞操帯のベルトをきっちりと締めるとバックルの上にある鍵穴に栗山が鍵を差し込んだ。

 「これを締めてしまえば君はおしっこしか出来なくなってしまうんだ。君も僕との約束が果たせて嬉しいだろう」

 恐怖に頬を震わせている祐子の顔を見ながら栗山は言うと鍵を廻して引き抜いた。

 祐子はこの栗山という男が完全に狂ってるとしか思えなくなっていた。女を絶望的な状況に追い込んでは楽しんでいる。祐子の頬を新たな涙が一筋、伝わった。それは栗山と出会った事に対する悔恨の涙だった。

 「さて、奥さん。我々はそろそろ引き上げます。良美とはこれから暫く別々に暮らしていただきますね」

 天井の鎖から解き放たれ、ようやく腰を落とすことを許された祐子に三枝は宣告した。

 「何故です。何故、良美さんと離れ離れにならなければならないのです?」

 後手に縛られた裸身を揺らせて祐子は必死に訴えた。あんな気の弱い良美を野卑な男たちに囲まれて生活させていたら発狂するのではないかと祐子は懸念していたのだ。

 「彼女も奴隷の一人だ。奴隷の群れの中に入って貰うんです」

 「だったら、私も一緒に」

 三枝は立ち上がろうとする祐子の肩を取って押し留めた。

 「奥さんには栗山さんの妻としての務めが有ります。暫くは一人で過ごして貰います。ではごきげんよう」

 三枝に続いて栗山も折檻部屋を出て行くと祐子はここに監禁されて初めて大きな声を上げて泣き始めた。それは良美を守れなかった悔恨ではなかった。余りに惨めな自分の運命を呪う号泣だった。